【米国特許】101条拒絶-ビジネスモデル・IT関連発明の特許適格性を確保するために知るべき点

米国特許出願において、35 U.S.C. § 101(特許適格性)に基づく拒絶理由は、多くの日本の出願人にとって頭を悩ませる問題です。特に、ビジネスモデル関連発明やIT関連発明では、101条拒絶(特許適格性)が問題となることが多いのが現状です。本記事では、101条拒絶の審査フローチャートを解説し、USPTOが提供するPatent Subject Matter Eligibility Guidanceにおいて紹介されている例47(異常検知に関する発明:Anomaly Detection)を題材として特許適格性の判断フローについて説明します。また、日本基礎明細書の作成にあたっての留意点を簡単にご紹介します。

1. 特許適格性の判断フロー

特許適格性の判断フローは、以下のステップにより構成されています。

Step 1: 法定発明カテゴリーの確認

  • クレームが法定の発明カテゴリー(プロセス、機械、製造物、物質の構成)に該当するかが判断されます。
  • 法定カテゴリーに該当する場合(Yes)、Step 2Aの段階1(Prong One)に進みます。法定カテゴリーに該当しない場合(No)、特許適格性なし。

Step 2A 段階1: 例外事項の記載有無の確認

  • クレーム中に「judicial exception」(司法上の例外事項)が記載されているかが判断されます。ここで、例外事項には「自然法則」、「自然現象」、「抽象的アイデア」が含まれます。「抽象的アイデア」としては、数学的概念(数学的アルゴリズム等)、メンタルプロセス(人間の思考や判断、推論に該当する行為)、基本的な経済的概念や管理手法等の人の活動を組織する方法が該当します。
  • 例外事項の記載がなければ(No)、特許適格性あり。一方、例外事項の記載があれば(Yes)、Step2Aの段階2(Prong Two)に進みます。

Step 2A 段階2: 実用的応用への統合の評価

  • クレームに例外事項(抽象的アイデア等)が記載されている場合に、クレームが全体として当該例外事項を実用的応用(practical application)に統合しているかどうかが評価されます。特に、例外事項を超えた追加要素がクレームに記載されているかどうかが確認された上で、当該追加要素を評価することで、追加要素が例外事項を実用的応用に統合しているかが評価されます。より具体的には、追加要素の評価を通じて、追加要素がコンピュータの機能を改善するものであるか又は特定の技術分野を改善するものであるかが評価されます。
  • 例外事項が実用的応用に統合されている場合(Yes)、特許適格性あり。一方、例外事項が実用的応用に統合されていない場合(No)、Step 2Bに進みます。

Step 2B: 発明的概念の有無の検討

  • クレームが全体として例外事項を優に超えるものであるか、即ち、追加要素が「発明的概念(inventive concept)」を加えるものであるかが評価されます。特に、追加要素が例外事項を超えて技術的に意味のある改善や実用性を示すものであるか(例えば、特定の技術分野の機能の向上や特定の技術的課題を解決する手段であるか)が評価されます。
  • 追加要素が発明的概念を加えるものである場合(Yes)、特許適格性あり。一方、追加要素が発明的概念を加えるものではない場合(No)、特許適格性なし。

2. Patent Subject Matter Eligibility Guidanceについて

USPTOが提供するPatent Subject Matter Eligibility Guidance(特許適格性ガイダンス)は、特許適格性に関する判例(例:Alice Corp. v. CLS Bank International, Mayo Collaborative Services v. Prometheus Laboratories)等を反映しており、審査官が特許適格性を判断する際の統一的な基準を提供するものとなります。

特許適格性ガイダンスでは、技術分野がそれぞれ異なる各例1-49のクレームに対してStep 1からStep 2Bまでの分析プロセスが詳細に解説され、各クレームが特許適格性を満たすかどうかが評価されております。本ガイダンスは、101条拒絶の対応を検討する際には非常に有用な資料となります。

3. 例47のクレーム1-3について

AI関連発明に関する特許適格性ガイダンス(2024年7月17日に公表)で紹介されている例47(ニューラルネットワークを用いた異常検知に関する発明)の各クレームを以下に示します。

クレーム1

[Claim 1] An application specific integrated circuit (ASIC) for an artificial neural network (ANN), the ASIC comprising:

a plurality of neurons organized in an array, wherein each neuron comprises a register, a microprocessor, and at least one input; and

a plurality of synaptic circuits, each synaptic circuit including a memory for storing a synaptic weight, wherein each neuron is connected to at least one other neuron via one of the plurality of synaptic circuits.

【請求項1】人工ニューラルネットワーク(ANN)用の特定用途向け集積回路(ASIC)であって、

 アレイ状に配列された複数のニューロンであって、各ニューロンは、レジスタ、マイクロプロセッサ、および少なくとも一つの入力を有する複数のニューロンと、

 複数のシナプス回路であって、各シナプス回路は、シナプス重みを保存するためのメモリを含み、各ニューロンは、前記複数のシナプス回路のうちの一つを介して少なくとも他の一つのニューロンと接続される複数のシナプス回路と、

を備える、特定用途向け集積回路。

クレーム2

[Claim 2] A method of using an artificial neural network (ANN) comprising:

(a) receiving, at a computer, continuous training data;

(b) discretizing, by the computer, the continuous training data to generate input data;

(c) training, by the computer, the ANN based on the input data and a selected training algorithm to generate a trained ANN, wherein the selected training algorithm includes a backpropagation algorithm and a gradient descent algorithm;

(d) detecting one or more anomalies in a data set using the trained ANN;

(e) analyzing the one or more detected anomalies using the trained ANN to generate anomaly data; and

(f) outputting the anomaly data from the trained ANN.

【請求項2】人工ニューラルネットワーク(ANN)を用いた方法であって、

(a)コンピュータにおいて連続的な訓練データを受信することと、

(b)前記コンピュータにより、前記連続的な訓練データを離散化することで入力データを生成することと、

(c)前記コンピュータにより、前記入力データおよび選択済み訓練アルゴリズムに基づいて、前記ANNを訓練することで訓練済みANNを生成することと、ここで、前記選択済み訓練アルゴリズムは、逆伝播アルゴリズムおよび勾配降下アルゴリズムを含み、

(d)前記訓練済みANNを用いてデータセット内の一以上の異常を検出することと、

(e)前記訓練済みANNを用いて前記一以上の検出された異常を分析することで、異常データを生成することと、

(f)前記訓練済みANNから前記異常データを出力することと、

を含む、方法。

クレーム3

[Claim 3] A method of using an artificial neural network (ANN) to detect malicious network packets comprising:

(a) training, by a computer, the ANN based on input data and a selected training algorithm to generate a trained ANN, wherein the selected training algorithm includes a backpropagation algorithm and a gradient descent algorithm;

(b) detecting one or more anomalies in network traffic using the trained ANN;

(c) determining at least one detected anomaly is associated with one or more malicious network packets;

(d) detecting a source address associated with the one or more malicious network packets in real time;

(e) dropping the one or more malicious network packets in real time; and

(f) blocking future traffic from the source address.

【請求項3】人工ニューラルネットワーク(ANN)を用いて悪意のあるネットワークパケットを検出する方法であって、

(a)コンピュータにより、入力データおよび選択済み訓練アルゴリズムに基づいて、前記ANNを訓練することで訓練済みANNを生成することと、ここで、前記選択済み訓練アルゴリズムは、逆伝播アルゴリズムおよび勾配降下アルゴリズムを含み、

(b)前記訓練済みANNを用いてネットワークトラフィック内の一以上の異常を検出することと、

(c)少なくとも一つの検出された異常が一以上の悪意のあるネットワークパケットに関連付けられていることを決定することと、

(d)前記一以上の悪意のあるネットワークパケットに関連付けられた送信元アドレスをリアルタイムで検出することと、

(e)前記一以上の悪意のあるネットワークパケットをリアルタイムでドロップすることと、

(f)前記送信元アドレスからの将来のトラフィックをブロックすることと、

を含む、方法。

4. 各クレームの特許適格性の評価結果


クレーム
Step 1 (法定発明カテゴリー)Step 2A 段階1(例外事項の記載有無)Step 2A 段階2(実用的応用への統合の評価)
Step 2B(発明的概念の有無)

特許適格性
クレーム1該当適格
クレーム2該当該当せず該当せず不適格
クレーム3該当該当する適格

クレーム1

クレーム1に対する特許適格性の判断は以下となります。

  • Step 1・・・発明は物理回路を対象しているため、発明カテゴリーは機械及び/又は製造物となる。
  • Step 2A 段階1・・・数学的概念等の抽象的アイデアはクレーム中に記載されていない。
  • 結論・・・Step2A 段階1を満たすため、特許適格性あり。

クレーム2

クレーム2に対する特許適格性の判断は以下となります。

  • Step 1・・・発明はプロセスを対象としている。
  • Step 2A 段階1・・・ステップ(b),(c)は数学的概念を含む。ステップ(b),(d),(e)はメンタルプロセスを含む。このため、例外事項(抽象的アイデア)が記載されている。
  • Step 2A 段階2・・・ステップ(a),(b),(c)の処理がコンピュータにより実行される点が記載されている。ステップ(a)では、コンピュータは一般的なコンピュータ機能を実現するためのツールとして使用される。ステップ(b),(c)では、抽象的アイデアを実行するためにコンピュータが使用されており、これは一般的コンピュータを用いて例外事項を適用するための単なる指示以上のものではない。ステップ(d),(e)では、訓練済みANNを用いる点が特定されているが、一般的なコンピュータ上で抽象的アイデアを実行する単なる指示以上のものを提示していない。特に、ステップ(d)では、訓練済みANNがどのように機能するかが限定されておらず、訓練済みANNは抽象的アイデアを一般的に適用するために使用されている。ステップ(d),(e)は、抽象的アイデアの使用を特定の技術環境(ニューラルネットワーク)に限定しているだけであって、発明的概念をクレームに追加するようなものではない。
  • Step 2B・・・ステップ(d),(e)で特定された「訓練済みANNの使用」に関する追加要素は、抽象的アイデアを適用するための単なる指示に過ぎないため、「発明的概念(inventive concept)」を提供するものではない。ステップ(a),(f)は、技術分野において十分に理解された、慣例的、且つ一般的な重要でない付随的活動(insignificant extra-solution activity)となる。ステップ(a),(b),(c)のステップを実行するコンピュータの記載は、コンピュータ上に抽象的アイデアを実行するための単なる指示および重要ではない付随的活動であって、「発明的概念」を提供するものではない。
  • 結論・・・特許適格性なし。

クレーム3

  • Step 1・・・発明はプロセスを対象としている。
  • Step 2A 段階1・・・ステップ(a)は数学的概念を含む。ステップ(b),(c)はメンタルプロセスを含む。このため、例外事項(抽象的アイデア)が記載されている。
  • Step 2A 段階2・・・ステップ(a)の処理ではコンピュータが抽象的アイデアを実行する点が記載されているが、これは一般的コンピュータを用いて例外事項を適用するための単なる指示以上のものではない。ステップ(b)では、訓練済みANNを用いる点が特定されているが、訓練済みANNの使用はステップ(b)の抽象的アイデアを実用的応用に統合するものではない。
    一方、クレーム発明は、ネットワーク侵入検知の技術分野における改善を反映させたものとなっている。ステップ(d)-(f)は、潜在的に悪意のあるパケットに関連付けられた送信元アドレスの検出により危険を除去するための積極的な対策を講じることで、検出情報を用いてネットワークセキュリティの改善をもたらすものである。特に、本クレームでは、ステップ(d)における改善点、ステップ(e)において潜在的に悪意のあるパケットをドロップする点、ステップ(f)において送信元アドレスからの将来のトラフィックをブロックする点が反映されており、本願の背景技術に記載された改善点を反映するものである。したがって、クレームは全体として例外事項を実用的応用に統合している。
  • 結論・・・特許適格性あり。

5. まとめ

今回特許適格性ガイダンスの例47(AI技術を利用した異常検知システム)についてご紹介しました。クレーム2とクレーム3とで特許適格性の判断が分かれた点は大変興味深いかと思います。

クレーム2では特定の技術分野における特定の技術課題を解決する点が特定されていないため、クレーム2の権利範囲はクレーム3よりも広くはなっております。しかしながら、これらの記載がクレーム中に記載されていないと、101条拒絶を受けるリスクは高くなります。

また、米国特許審査便覧MPEPの2106.04(d)(1)及び2106.05(a)によれば、明細書中において技術分野の改善に関する事項(即ち、発明の課題や作用効果等)が十分に記載されていること、技術分野の改善を十分に達成できるようにクレーム内容を特定することが肝要となります。

一方で、権利範囲の影響も考慮して明細書中への課題や作用効果の書き過ぎには十分に注意する必要もあります。また、侵害立証の観点からコンピュータ内部で処理される事項(内部処理)をクレーム中に書き過ぎることの弊害も留意する必要があります。

つまり、権利行使しやすいクレームであればあるほど、特許適格性に係る101条拒絶を受ける可能性は高くなりますので、権利範囲と有効性との間のトレードオフの関係と同様に、特許適格性と権利範囲との間の絶妙なバランスを考慮したクレームドラフティングが求められるかと思います。

特に、AI関連発明であれば、ANN等の数学的概念がクレームで記載されるため、Step 2A 段階2に規定される「実用的応用の統合(技術分野における改善)」がポイントとなります。また、WEB3関連発明やビジネスモデル関連発明でも同様に、メンタルプロセスがクレームで記載されるため、「実用的応用の統合(技術分野における改善)」がポイントとなります。

我々弁理士としては、発明の課題や作用効果を明細書に必要十分に記載しつつ、フローチャート等を活用して各処理の流れを詳細且つ丁寧に明細書中で説明することが肝要となります。

また、日本の発明該当性に係る審査基準は米国特許適格性とは大きく異なりますので、日本出願を意識したクレームと米国出願を意識したクレームの両方を考えるのも一手かと思います。この点、ビジネスモデル関連発明を米国に特許出願するのであれば、願望に基づく上位概念化されたクレームは101条拒絶で苦労することが想定されますので、特定の技術分野における課題解決を反映したクレームドラフティングを意識した方が良いかと思います。

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